うな記

若者の感傷

あたらしい身振りを探している

するりと休日が終わった。大量にコンテンツが無料で供給され、遠くのラーメン屋やカレー屋が通販をはじめ、状況に応答する作家たちが発信を始めていた。そのどれにも触れずに、一週間を終えた。緊急事態宣言がいつの間にか延長されていて、そのさらに向こうにあたらしい日常なるものが始まると予告されている。


いつからこの街に閉じこもっているのか、もうよくわからない。覚えている、最後に出かけるはずだった予定は等々力あたりまでパフェを食べに行くというそれで、予定の一週間前にそろそろもろもろが怪しいんじゃないかと相談して、とりやめることにしたのだった。ちょうどその予定していた日に緊急事態宣言が発令された。その中にまだいる。


この状況に際して、いくつかの態度が見られる。もちろん、僕の周りで採集できたものでしかないけれども、あげてみよう。
一つは、アフターコロナ論というか、コロナを機にユートピアを構想するもの。制約条件がわかりやすいから、短期的には未来予測がやりやすい。何百万人かが死ぬし、経済は終わる。明確な危機で、だからこそこのコロナの後こそは変革のときなんだそのために準備をしよう、なんていうふうに喧伝するもの。小袋成彬のnoteなんて、まさにそんな感じだ。

 

もう一つ、この状況へ強くコミットメントをおこすもの。職業倫理に支えられた専門家会議のメンバーたちを措いても、震災の記憶とトラウマが濃厚な教授たちは今がそこだというばかりに、躍動している。でも、これはスペシャリティを持つものに許された贅沢な選択肢かもしれない。スペシャリティを持たない僕らは少しずつ金をクラウドファンディングと近所の飲食店に落とすしかない。


どちらもこの状況のストレスを躁的に駆動している。ただ、躁は一瞬で鬱に転化する。そのむこうにあるのは、仄暗い諦念だ。この路線として代表的なのものとしてミシェル・ウエルベックが挙げられる。

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作家業だから生活としてはほとんど変わらない。この疫病が終わっても、少し悪い世界になっているだけだろう…というもの。さすがのウエルベックというべき慧眼だろう。

 


ダニエル・デフォーはペストに襲われたロンドンに居住し、ペストを乗り越えた社会においても、かつての分断はなにも変わらなかった、という記録を残している。

疫病流行前、わが国の平和を乱していた元凶こそは、まさしくこのはてしなきいがみ合いの根性であった。その根性も、要するに、イギリス全体を流血と混乱の悲劇にまきこんだ、あの古い敵愾心の名残りといわれていた。しかし、恩赦令が公布されて国内の相克が鳴りをひそめたこともあったのである。政府当局があらゆる機会をとらえては家庭の平和、対人関係の平和を全国民に向かって呼びかけていたことは当然であった。しかしそれも要するに無駄であった。ロンドンの疫病が終息したあとでも、事態は一向に変わってはいなかった。流行が激烈であった時に、市民たちが苦しみをともどもになめあっているのを目のあたりに見、互いに慰め合っている姿をじかに見た者は、今後はわれわれはもっと愛情をもたねばならぬ、他人を責めることはやめねばならぬと固く心に誓ったはずだった。そういう光景に当時接した人は、だれだって、こんどこそまったく生まれ変わった精神でみんなでいっしょに仲良くとけ合ってゆこうと思ったはずだった。ところが、どうしてもそれができなかったのだ。争いは依然として残っていたのだ。英国国教会派と長老派とは依然として氷炭相容れなかったのである。*1


ウエルベックのいうほど、ものごとが変わらないかはわからないけれども、デフォーのみたロンドンに似て、分断が統合されることはないだろう。ただ若者の責務として、ウエルベックほどの諦念に落ち着きたくはない。躁的に動きつづけるのも一つかもしれない。でもやってくるらしい、あたらしい日常と緊急事態による躁は両立しないだろう。この加圧されたことによるアドレナリン分泌のカーブを平坦にしつつ、伸ばしていくことが必要なのだと思っている。加圧を逃す身振りが必要なのだ。


そこで、そう、あたらしい身振りを探している。


ひとまず僕がやっていることを共有しておこう。

自炊を始めた。もちろん、外食しづらいということもあるけれど、テイクアウトが豊富な環境なので、理由はそれだけではなくて、台所という場所に魅せられている。食寝分離とはいうけれども、世界が殺到してくるようになった寝室/個室に対して、台所はあくまで台所で、やることが明確だ。もちろんダイニング兼キッチンであるから、そこではなにかしらの盛り上がりはあるけれども、でも、世界にさらされているわけではない。機能と壁で区切られた空間で、スパイスを計量し、パスタを茹で、魚を煮る。ただ食事をつくることでパニックを遠ざける時間をもてるように思う。

 

これを読んだ皆さんの、圧力を逃す身振りを教えてほしい。

*1:ダニエル・デフォー. ペスト (Japanese Edition) (Kindle の位置No.5506-5516). Kindle 版.